バンコクの大型モールは人で溢れ、観光地も夜の街も賑わっている。それでも、ADBが2026年7月に示したタイの実質GDP成長率見通しは1.8%です。東南アジア全体4.6%、マレーシア4.6%、インドネシア5.2%、ベトナム7.2%と比べると、タイの低さが際立ちます。
私はマレーシアに2年、タイに3年住んできました。現地で感じるのは、「街の熱気」と「国全体の成長力」は同じではないということです。タイ経済は崩壊しているのではありません。局所的には強いのに、国全体では加速できない。その理由を5つに整理します。


まず押さえたいこと:タイは「危険」ではなく「伸びにくい」
IMFと世界銀行は、2026年のタイ成長率を1.6%と見ています。ADBの1.8%とは小さな差がありますが、低成長という結論は共通しています。
一方で、銀行システムは比較的安定しています。世界銀行の2026年2月報告では、2025年9月時点の銀行自己資本比率は21.2%、流動性カバレッジ比率は204%でした。つまり、問題の中心は金融システムの崩壊ではなく、家計・産業・観光・人材・制度にまたがる成長エンジンの弱さです。

理由1:家計債務が重く、消費と信用が伸びない
タイ中央銀行(BOT)の2026年第1四半期金融政策報告では、2025年第4四半期の家計債務はGDP比86.7%です。給料が伸びにくい一方で、生活費と返済負担が重い。モールに人がいても、プロモーションや分割払いを前提にした消費が多ければ、国内需要は力強く伸びません。
信用も弱い状態です。BOTによると、2026年第1四半期の銀行貸出は前年比0.2%の小幅増に戻りましたが、SME向けと消費者向けは縮小が続いています。家計は使えない、企業は借りにくい、銀行も高リスク先への融資に慎重。この循環が内需を抑えます。

理由2:昔の成功産業が、新しい成長への移行を難しくする
タイは日本車、家電、石油化学などの製造業で成長してきました。しかし、設計、研究開発、ソフトウェア、ブランドなど利益率の高い部分が国外に残り、国内では組み立てや最終工程への依存が続くと、工場の数ほど国内付加価値は増えません。
世界銀行は、同じ成長を生むために必要な投資量を示すICORがタイでは8.7と高く、投資効率が弱いと指摘しています。2025年第3四半期の総固定資本形成の伸びは1.1%まで鈍化し、投資の約8割が維持・更新に向かっていました。新しい成長分野を広げる投資より、既存設備を守る投資が中心になれば、生産拠点が残っても成長率は上がりにくくなります。

理由3:観光客は戻っても、1人当たりの収入が弱い
世界銀行は、2024年の外国人旅行者数がコロナ前の89%まで戻った一方、実質観光収入は75.5%、旅行者1人当たり収入は15.1%減と分析しています。人は戻った。しかし、短期・低価格志向の旅行が増えれば、街は混んでも国全体の所得は同じ速度で戻りません。
高付加価値の観光には、空港からの移動、安全、港湾、展示会場、文化資産の磨き込みなど、街の土台が必要です。人数ではなく、滞在日数、消費単価、国内への波及を見なければ、観光回復を過大評価します。

理由4:新産業へ人と資本が移りにくい
OECDによると、2024年のタイでは就業者の52.7%、約2,110万人がインフォーマル雇用でした。インフォーマル就業は農業と低技能サービスに集中しやすく、社会保障だけでなく、生産性、融資、人材育成、税基盤の弱さにもつながります。
さらにOECDは、タイの外資規制がOECD平均よりかなり厳しく、サービス分野の外国出資規制や、国有企業との競争条件の見直しが必要だとしています。AI、データセンター、半導体、高度製造業への投資機会があっても、技能、人材、競争政策、許認可が追いつかなければ、点の投資で終わります。

理由5:弱い成長基盤に、外部ショックが重なる
ADBは2026年7月、長引く中東情勢、エネルギーコスト、供給制約、追加関税や通商政策の不確実性をアジア経済の下振れ要因に挙げました。BOTも、米国の通商措置や中東情勢が製造業と雇用に悪影響を与えるリスクを示しています。
ただし、関税や原油高だけが低成長の原因ではありません。家計債務、古い産業構造、観光単価、人材・制度の弱さが先にあるため、外からのショックが1%台の成長率まで効きやすいのです。


移住者が見るべきなのは、生活費と国の土台の両方
タイは暮らしやすい国です。食事、気候、医療アクセス、移動、住居には大きな魅力があります。しかし、住みやすさと、国として伸びる力は別です。
移住先を考えるときは、生活費だけでなく、経済成長率、通貨の安定性、税制、人口動態、産業構造、外資規制、そして自分の収入や資産形成への影響まで並べてください。「どこに住むか」「どの通貨で持つか」「どこで稼ぎ、どこで守るか」は、一つの設計として考える必要があります。

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